お菓子の神様「田道間守命(多遅麻毛理 たじまもり)」が
祀られています。今からおよそ1300年以上も前、推古天皇の時代に「田道間守命」の子孫である「中嶋の公」が祖先を祀ったのが創立とされています。
「中嶋」の名は「田道間守命」の墓が、垂仁天皇の御陵(奈良市現存)の池の中に、中島のように浮かんでいるところから名づけられたといわれています。
四天王寺ワッソでも田道間守命は、耽羅(たむら)巡行で登場する有名人物です。垂仁天皇の命を受け現在の済州島まで
日本のお菓子の発祥となった非時香菓(ときじくのかぐのこのみ・みかんの一種)を捜しに行きましたが、10年後これを持ち帰った時、天皇は既に亡くなった後だったので、悲しみのあまり天皇の墓の側で泣き叫んで死んだと言われています。
これが、現在御所にある「右近の橘」 「左近の桜」 となり、お菓子の神様の由来と伝えられています。
4月にはお菓子祭りが催されます。
また、田道間守命の3代前の先祖が新羅の王子・天日槍(あめのひぼこ)で鉄に関する技術をもたらし、但馬国の発展に寄与したと言われています。
農耕 ・土木・製鉄は、大陸からセットで日本に入って来たという
説が有力です。
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