太秦は、四天王寺ワッソの有名人物・秦河勝(はたのかわかつ)のゆかりの地 で 、 その偉業を示す様々な寺社が残っています。
秦河勝は、6世紀後半朝鮮半島から来日し、推古天皇の時から大化の改新の頃にかけて、大和朝廷につかえた人物で聖徳太子の政治・経済的ブレーンとして活躍。
また、織物の普及に努め、現在の奈良、京都、大阪を始めとする近畿地方の産業や文化の基礎を築きました。
秦氏 (ハタウジ) の祖先と伝えられる人物である弓月君は、大勢の人々を率いて来日しました。秦氏は、後の平安遷都においても中心的な役割を果たしました。
両氏は四天王寺ワッソの中心人物として、登場します。 大阪・寝屋川市にも川勝町や太秦という地名がありますが、 秦河勝に由来し、川勝町にはそのお墓があります。
   
【広隆寺(こうりゅうじ)】
603年に新羅系渡来貴族の長・秦河勝(はたのかわかつ)が聖徳太子から拝領した弥勒菩薩像(みろくぼさつぞう)を本尊として建立した秦氏の氏寺です。
住所:京都市右京区太秦峰岡町32アクセス:京福電鉄(嵐電)太秦駅降りてすぐ
   
【大酒神社】(おおさけじんじゃ)
太秦明神ともいい、秦酒公(はたさけのきみ)を祭神としてまつっています。明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)までは広隆寺の境内にありました。
住所:住所:京都市右京区太秦峰岡町32アクセス:京福電鉄(嵐電)太秦駅下車 広隆寺の東側側道300m
   
【木島神社】(このしまじんじゃ)
蚕の社(かいこのやしろ)ともいい、秦氏が養蚕業を伝承したことを示しているとされています。
境内には、珍しい三柱の鳥居があります。
住所:京都市右京区太秦森ヶ東町50−1アクセス:京福電鉄(嵐電)蚕の社駅下車 徒歩5分
   
【蛇塚古墳】(へびつかこふん)
秦河勝を埋葬していると伝えられる古墳です。
元は前方後円墳でしたが今は盛り土はなく、石室が露出しています。名前の由来は石室内に蛇が生息していたからだそうです。石室の大きさは明日香の石舞台古墳より大きく、全国で4番目です。
住所:京都市右京区太秦面影町アクセス:京福電鉄(嵐電) 帷子ノ辻駅下車 南へ徒歩10分(住宅街の中にあり、非常に分かりにくいので事前に地図などで ご確認下さい)