『飛鳥で死んだ百済の王族』 

新沢126号墳*は発掘以来、豪華な副葬品を埋納できる被葬者像に、関心が集まった。
被葬者はアイロンや竜文の飾金具から5世紀中頃、倭国に渡ってきた王族であろう。5世紀から7世紀にかけて、飛鳥南部には、百済人が連れた呉人の渡来記事が多い。


(*新沢126号墳: 奈良県橿原市川西町 )

中国南朝出身とする呉人は、西域のシルクロード文物の伝承者であり運搬者でもあった。応神8年3月、百済の王子・直支が来る。
後、帰国し王位につくが、応神25年、没している。応神21年渡来の王子・阿智使主は直支の近親者かもしれない。
王子はワッソに登場する。同39年2月、直支王の妹・新斉都媛が婦女を伴い渡来してくる。
これら王族はペルシャのカットグラスまで身近に置いていた。百済から渡来してきた王族の貴婦人では、新斉都が、古墳の副葬品の指輪に最もふさわしい被葬者でなかろうか。
阿智使主も飛鳥で生涯を終えたらしい。渡来人の拠点となった飛鳥・桧前に王子を祀る於美阿志神社がある。

(記:猪熊 兼勝)


阿直岐

於美阿志神社