4月11日(日)四天王寺ワッソ実行委員長である猪熊兼勝先生の下、正会員のみなさんをはじめ総勢44名が桜の
花びら舞う奈良県大和・桜井を訪ねた。出発時、どんよりとした雲に覆われていた空も、徐々に晴れ渡り、まぶしいほどの日差しを浴びて、古代を堪能した。
 
急な山道を15分以上登ると東塚古墳と西塚古墳がある。
百済の武寧王陵で有名な公州市栄山古墳群に多く見られるせん積(センセキ)横穴式石室でできていて、どちらも5世紀後半に伝わった。奈良の室生火山の溶結凝灰岩をレンガ状に積み上げた石室、石と石の目地には漆喰が内面だけでなく表面にも充填されている。羨道がほとんど消失している東塚古墳は石室内を見ることができたが、西塚古墳は原型が綺麗に残っており進入できないように鉄格子がされていた。
    
 

石室の入り口は丘の中腹にあり、大人が這いつくばってやっと入れる程度の大きさだ。参加者が順次入って行くと中は真っ暗、石室内は冥界をイメージして造られているそうだ。陵墓についてはさまざまな議論のあるなか蘇我馬子に暗殺された崇峻天皇と治定されている。
 
日本最古の本格的寺院。中央に塔、東・西・北に金堂が
配置される飛鳥寺式伽藍配置は学術用語にも使われている。
大仏の前では創建時の説明に耳を傾け、重要文化財が展示されている回廊では、カメラを片手に目が釘付けになった。
 

日本書紀には場所についての記述がなかったにもかかわらず、1981年に遺跡が発見された。中大兄皇子が中国の先進文明にならい日本で初めて水時計を作った。人々、特に官僚たちは明確な時刻によって秩序づけられ、サラリーマンの悲哀が始まったわけである。散策中は汗ばむほど、参加者の隊列も長くなる。
 
大化の改新が行われた場所で、石組みのなか、現在は、井戸のようなものが復元されている。通りがかりの若者も先生の解説に足を止める。
 

長い階段を登り、飛鳥に点在する謎の石造物のひとつ
酒船石遺跡にたどり着く。にごり酒から清酒を作るためとか、葉や小魚を入れ戦勝祈願の儀式を行うためとか、用途にいくつかの説がある。松本清張の作品にも登場している。

 
坂を下るとこれも謎のひとつである亀形石造物。2000年の発掘で発見されたが、斉明天皇の時代に作られその後約250年間は何らかの祭祀に使用されていたと推測されている。

 

当初の予定を回りきれず帰途についたのは心残りでちょっと残念。バスの中、歩き疲れたといえ、参加者は満足げな表情だった(ように見えた)。